プロローグ:おもしろい話はむずかしい

 

「――で、白井さんだったら”おもしろい話”が書けると思うんですよ」

小田急線で”首都圏・西の最果ての地”である『本厚木』。

 

その駅ビルでの喫茶店での打ち合わせの最中、
担当編集者の大内さんは、私の顔をジッと見て、真顔でひとこと、そういいました。

大内さんは、かわいい猫と同居している小柄な女性で、ガンコな編集者さんです。

『おもしろい話……って、どうして……大内さん……いつもそうやって、直感で……』

しどろもどろしながら、私の目の前には、前作『WiiRemoteプログラミング』(オーム社開発局・2009年刊)という書籍を書いた日々が、走馬灯のように駆け巡っていました。

企画担当者は大内さん。
この本の企画が持ち上がった当時の私は、フランス西部の小都市Laval在住で、バーチャルリアリティを駆使したエンタテイメント・テーマパークを開発する研究をしていました。

フランスでの私は日本語が通じない環境で、妻と小さな息子と犬のささやかな家庭で“貧乏研究者を楽しんでいた”ので、高価なヘッドマウントディスプレイとか、モーションキャプチャーとか、データグローブとか、そういったヴァーチャル・リアリティによく使われていそうなモノがポンポン買ってもらえる環境ではありませんでした。
任天堂Wiiの『Wiiリモコン』を使って、様々な作品を開発したり発表したりしていたのは、ひとえに「貧乏だったので、工夫が必要だったから」。モーションキャプチャーや触覚フィードバックデバイスなど、新しいインタラクションのためのデバイスが買えなかったし、そんなお金があったら他の研究のために使いたかったからなのです。

『Wiiリモコン』を普通にWiiに繋いで遊ぶだけなら、普通の人です。
実は『Wiiリモコン』はBluetooth通信を使って、PCやMacで接続することができます。でもこれを使うだけではハッカーと呼んでもらえることはあっても、研究にはなりません。
もともとゲームエンジニアだった私は、その経験を生かして、ゲーム開発者にも、研究者にも面白いであろう論文を書いていました。
その論文は、SIGGRAPHというCGとインタラクティブ技術の国際会議で発表され、ゲーム開発会議部門で最優秀論文賞を頂きました。

2007年末、テーマパーク開発のプロジェクトもいったん区切りがついていて、日本への帰国を検討していた時期でした。
大内さんの熱意もあり、
世界ではじめてのWiiリモコンに関するまとまった技術書『WiiRemoteプログラミング』を書くことになりました。

……ですが。
かねてから書籍を書きたいと思っていた私ではありますが、この本は実に“難産”で、執筆に20ヶ月もかかってしまいました。
途中から入っていただいた小坂崇之先生(妊婦体験システムで有名、当時・金沢工業大)などの共著者のおかげもあって、200ページの企画が、最後には400ページの大作になりました。
「Wiiリモコンを使って勝手に開発するなんて、訴えられるんじゃないか……」という心配もよそに、任天堂からも「公式にスルー」していただいたこともあり、現在でも多くの大学などでエンタテイメントシステム、インタラクション技術のプログラミング入門書として愛用されています。

……ですが。
あの執筆の辛い日々を思い出すと、簡単に「おもしろい話」とはいえません。
ちょうど2008年から私は、東京お台場にある『日本科学未来館』という国立の科学館で、科学コミュニケーターという職に就いていました。

日本科学未来館は『科学がわかる・世界が変わる』というスローガンで活動しており、科学コミュニケーターはプロフェッショナルとして、最先端の科学技術について伝えるお仕事です。
あるときは展示物や企画展の企画をし、またある時は展示フロアで一般のお客様に展示解説をし……1日に3千人以上の来館者も珍しくないミュージアムですから、それはそれは勉強になりました。

勉強になること、というものは、得てして辛いものです。

勉強になること、というものは、得てして制約も多いものです。

朝早くから未来館でのお仕事があり、土日も当然のように仕事があります。クタクタになるまで働き、そこから深夜のマクドナルドで原稿を書き、相模原からお台場の長い通勤の列車の中で、書籍掲載用のサンプルプログラムを書き、そこら中でWiiリモコンを振る日々です。

『で、大内さん。おもしろい話……って、どうして私が書けると……?』

大内さんは全く動揺もせずに、

「白井さんは、いろんなエンタテイメントに関わる仕事をして、何があっても喰って行けているじゃないですか。Twitterも面白いし、エンジニアリングの話ができる。だからみんなの為になる、おもしろい話は書けると思うんです」(意訳)。

『なるほど、じゃあこの本のタイトルは“喰えるゲームエンジニアリング”ですね!』

――そうしてこの本は始まりました。

 

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